脳性麻痺無過失補償
キーワード
脳性麻痺、脳性小児麻痺、脳性まひ、分娩事故、医療事故、低酸素、胎内
医療における無過失補償が初めて制度化される。期待とともに蓋を開けてみたら、産科医療を救うものにはなりそうにない。
脳性麻痺となった赤ちゃんとその家族を金銭的に救済する制度は必要だ。養育に大変な手間とお金がかかり、社会制度による補助、保護が欠かせない。
また、出産に際し、医療事故だったのか、医療過誤があったのかなかったのか、それを検証し、時に司法判断をあおいで、医療過誤なら医療側から賠償金を得て、赤ちゃんと家族が補償される。これでは素早く必要な保護、救済がなされないし、なされるとしても大変な手間と時間がかかり、しかも裁判で勝訴できるとは限らない。
医療側としても、赤ちゃんとご家族から、救済を求める代わりの裁判を起こされるのは、医療上のリスクである。
双方を救うための制度としての無過失補償制度である。
ただし、現在、日医と政府与党内から案として出て来たものは、赤ちゃん家族側には助けとなっても、医療側にはメリットがないようだ。
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佐賀新聞 2006.11.25
無過失補償制度案の概要
【趣旨】
分娩(ぶんべん)時の医療事故では、過失の有無の判断が困難な場合が多く、裁判で争われる傾向があることが産科医不足の一因。このため障害が生じた患者を救済し、早期の紛争解決を図るとともに、事故原因の分析を通して産科医療の質の向上を図る仕組みを創設する。
【運営主体】
「運営機構」を設置し、損害保険会社と医療機関・助産所の間を取り持つとともに、補償対象かどうかの審査や原因分析を実施。
【加入者】
医療機関・助産所単位で加入。
【保険料】
医療機関・助産所が、運営機構を通じて、損保会社に保険料を支払う。保険料の負担で分娩費用が上昇する場合は、健康保険組合の出産一時金増額を検討する。
【補償対象者】
通常の妊娠・分娩で、脳性まひとなった場合を対象とする。通常分娩の定義や障害の程度は、検討する。
【補償額】
保険料額や発生件数を見込んで適切に設定。
【審査】
運営機構が対象かどうか審査し、原因を分析、再発防止の観点から情報公開する。過失があった場合は、医師賠償責任保険などに補償を求める。
【国の支援】
産科医の確保や原因分析を通じ、安心できる産科医療が確保され、少子化対策にも資することから、国は制度設計や事務に要する費用の支援を検討する。
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運営や調査には財団法人日本医療機能評価機構があたることになりそうだ。
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まず、対象が通常分娩による脳性麻痺の発生とある。何らかの異常、例えば逆子で難産帝切とか、常医胎盤早期剥離で帝切胎児仮死とか、どうなるのだろう。
障害 1 - 2 級の場合という条件がさらにつく。障害 1 - 2 級が確定するのには、日時がかかる。出生後数ヶ月では無理だ。さらに等級認定では、育成医療の指定医療機関でトラブルが多発するだろう。病院の小児科外来で、赤ちゃんの親同士、補償をもらったもらえなかったと会話し、補償を求めて医師に圧力をかけてくる事例が容易に想定できる。
出産と生まれて来た赤ちゃんの異常や不幸のリスクをヘッジする保険という大きなものではなく、極めて限定的だ。
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保険料の負担は医療機関である。リスクをヘッジするのは赤ちゃん側ではなく医療側ということだ。医療事故損害賠償責任保険とは異なるのに、保険金は医療側負担という建前。これにはからくりがあって、実質には健康保険の保険者が負担することになるのだが。
赤ちゃん家族の不幸は社会全体で補償し救済するというものではないようだ。また妊婦側が出産のリスクをヘッジするものでもない。
かといって、医療側のリスクヘッジになるかどうか、以下に述べるように疑わしい。
自動車事故の自賠責保険を念頭に置いて、医療を行う側が補償するという制度設計をしたのか。自動車事故の被害者救済と同じに考えているなら浅はかだ。脳性麻痺の出産 = 医療過誤ではない。
なんとも奇怪な、歪んだ設定だ。非医療者側に、脳性麻痺 = 医療過誤という誤解を与えかねない。
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現在、補償額は 2,000 万円程度、全出産で 3 万円の保険料が考えられているらしい。これで統計上、脳性麻痺を負って生まれてくる赤ちゃん全てを補償できるのだそうだ。
しかし、医療過誤が裁判で認められた場合の賠償金に較べると、著しく少ない。別の観点からは、その赤ちゃんが成長し、生涯を終えるまでに要する費用には遠く及ばない。
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過失の有無の審査が専門的に行われるというが、赤ちゃん側はいつでも提訴できる。過失があれば運営機構は医療側に求償するようだ。
この専門の審査がどれだけのレベルで行われるか。赤ちゃん側が裁判をあきらめるほどの、また、今巷に溢れ出したトンデモ判決を黙らせることができるくらいの高いレベルと圧倒的な医学医療の情報量で審査をやるのだろうか。日本中の産科医が、学会レベルでも臨床家レベルででも納得できるものになるのだろうか。それともちょっと有名な医師やどこかの教授 2 - 3 人がカルテに目を通すだけ程度のものになるのだろうか。
高いレベルと圧倒的な情報量でなければ、医療側からは訴訟リスクを下げることができるかという期待は少ないだろう。下手に審査をされるだけ、却って足を引っ張られることになりかねない。
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現在、日医はこの方向だが、産科婦人科学会、産婦人科医会からは声が聞こえて来ない。ネット上の産婦人科医たちの間では、この制度ではますます産科のリスクが高くなるだけという声が圧倒的だ。
現在、脳性麻痺の大部分は、母体胎内で発症し病像が完成して生まれてくるということが定説になっている。一部が出産経過中のアクシデントによって発生する。
かつて米国ニューヨーク州では、出産にまつわるトラブルによる訴訟が急増し、帝切率が 40 % にまで上昇したが、それでも脳性麻痺の発生は減らなかったという。
以下に示すような論文や報道もある。
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http://www.contemporaryobgyn.net/obgyn/article/articleDetail.jsp?id=383341&ref=25
Nov 1, 2006
Contemporary OB/GYN Newsline
Higher C-section rate doesn’t seem to improve clinical outcomes
http://www.emedicine.com/med/topic3283.htm
eMedicine - Cesarean Delivery : Article by Harish M Sehdev, MD
Cesarean Delivery
Last Updated: August 6, 2005
Unfortunately, despite the dramatic rise in the rate of cesarean delivery, the overall rate of cerebral palsy has not decreased dramatically.
http://www.sciencebasedbirth.com/index_files/Updates05.htm
Latest figures on Operative Delivery December 3, 2005
Annual Economic cost of Cesareans in 2003 was 14.6 Billion Dollars
Cesarean Section rate for 2004 29.1%
Consortium for the Evidence-based practice of Obstetrics
During the last 30 years, Cesarean intervention has gone from one out of twenty to one out of three pregnancies, with no reduction in the incidence of cerebral palsy or the rate of permanent, birth-related neurological damage.
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出産にまつわる不幸の多くは、医療上の過誤過失のないか少ないところで起こる。医療関係者でない方々は、赤ちゃんお母さんの不幸 = 医療ミスと考えてはいまいか。
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不幸を負ってしまった赤ちゃん家族が、その現実を受け入れることができ、社会全体から充分な補償と保護を受けられる制度が必要だ。そのためには、現実の裁判を遥かに上回る医学レベルの審査で家族に納得してもらう。補償は、保険金の多寡ではなく、国 ( 社会全体 ) からの一時金 ( 見舞金、プラス、当座の医療費や種々の必要経費をまかなうもの ) と、それ以後は手厚い医療福祉 ( 年金を含む ) 政策であるべきではないだろうか。
あるいは、妊婦側が出産にまつわるトラブルに対して保険を掛ける、それを強制保険にする、そのために国が妊娠出産に対し費用補助をする、全ての出産事故について過失の有無は専門審査機関が高レベルな審査をして赤ちゃん家族側も医療側も納得できるものを行う、医療過誤があった場合のみ医療側に求償する、保険料は 3 万円ではきかなくなるだろうが、これが分かりやすい。
医療機関に 3 万円負担させて、保険金は 2,000 万円、訴訟提起はいつでもどうぞ、というのでは、何もプラスになることはないと思う。
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以下、参考資料
脳性麻痺無過失補償資料 http://sword.txt-nifty.com/library/2006/11/post_bfb4.html
脳性麻痺無過失補償資料 / 日医 http://sword.txt-nifty.com/library/2006/11/__60d1.html
帝切と脳性麻痺 / Am J Obstet Gynecol 2003 http://sword.txt-nifty.com/library/2006/11/_am_j_obstet_gy_66c8.html
帝切と脳性麻痺 / CEO 2005 http://sword.txt-nifty.com/library/2006/11/_sciencebasedbi_4d3f.html
帝切と脳性麻痺 / eMedicine 2005 http://sword.txt-nifty.com/library/2006/11/_emedicine_2005_ea52.html
帝切と脳性麻痺 / Contemporary OB/GYN Newsline 2006 http://sword.txt-nifty.com/library/2006/11/_contemporary_o_7949.html
帝切と脳性麻痺 / Online Library Obstetrics http://sword.txt-nifty.com/library/2006/11/_online_library_01a4.html
帝切と脳性麻痺 / BBC NEWS Feb 3 2003 http://sword.txt-nifty.com/library/2006/11/_bbc_news_feb_3_50cc.html
道標主人 | 2006-12-03 22:28 | 医学, 医療、社会保障 | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0) | Top
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コメント
私は経験したことがありませんし、
そもそも出来ないのですが
障害の2級と3級の線引きは
そんなに明瞭に出来るものなのですか。
明瞭にとは医学的にではなく
一般人にもすぐに理解できる形でと言う意味でです。
十分でないとは言うものの
少なからずの補償がもらえるのですから、
CP児を抱えた家庭では喉から手が出るほど欲しいと思います。
それが基準のほんのわずかな解釈ひとつで、
補償無しと補償ありに分かれるだけでも大きな問題になると考えます。
前に小児の発達外来を担当している医者が主宰しているブログで
この事を少し論議した事があるのですが、
彼は「恐ろしい」と語っていました。
そのうえ遡及措置を綺麗に回避しているので、
外来の母親同士の会話を想像するだけで
殺伐とした空気が予想されてやるせないとも語っていました。
投稿 Yosyan | 2006/12/26 10:57:42
Yosyan 先生
コメント有り難うございます。
おっしゃるように、金銭補償では、恐ろしい世界が現出しそうですね。
交通事故の損害賠償でも、医療にかかる費用を、医療は要らないから金でくれ、というわけではないのですし。
できるだけ、就学就労生活支援制度、現物給付による医療介護などの方がよいように思います。
リスクを金銭でヘッジするのは、その恩恵を受ける側、すなわち赤ちゃん側が保険契約者となる方がよいように思います。
投稿 道標主人 | 2006/12/26 16:19:03