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2006年12月 3日 (日)

岡山 IVH 事件 3

キーワード
岡山市、大腸がん、末期、カテーテル、感染、死亡、医療ミス、合併症、病理検査、病理解剖検査報告書、剖検報告書、CPC

本件裁判のポイントの一つ、病理解剖検査報告書。

前の事件の記事で述べたように、レトロスペクティブな検討は、医師なら皆、自分一人で、診療科のチームで、診療科全体で、そして病理部門や他診療科と合同で、いつも、どの患者さんに対しても、行っている。
» 新宮心筋炎事件 2 http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/12/_2_5385.html

医学医療の発展のためには、その検討結果が文書として残されなければ、後に活かされない。よって 100% でなかった医療の記録が反省文とともに文書で残る形になる。

これは裁判で使えば、医療を責める強力な証拠となるだろう。至らなかった点、反省点が詳細に検討されて書かれているのだ。

これは岡山 IVH 事件でもポイントとなったようだ。

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病理解剖所見
「直接死因としては、経過中のIVH感染による敗血症とそれに続発する腎不全、心不全が考えられる。」

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考えられる可能性として書かれていても、それは多数ある仮説の一つであり、それが真実ではない。病理解剖は、これも 100% の死因の真実を明らかにするものではない。事件捜査での司法解剖で死因を特定、というものと同じものではないのだ。

それを過失の根拠に使われるなら、だれが可能性の事後の検討をするだろうか。それを記録に残すだろうか。病理解剖は行われるがよい。そして組織所見が写真と文書で淡々と記録されるだけ。しかしそこには反省も検討もなく、将来に活かすための仮説もなにも生まれない。

これが未来の人類に福音をもたらすことではないことは、明白だろう。

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以下、前記事

岡山 IVH 事件 2 http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/12/_ivh_2_76ba.html
岡山 IVH 事件 http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2006/11/_ivh__b383.html

岡山 IVH 事件資料 2 http://sword.txt-nifty.com/library/2006/12/_ivh_2_0b46.html
岡山 IVH 事件資料 http://sword.txt-nifty.com/library/2006/11/_ivh__6589.html

道標主人 | 2006-12-03 20:57 | 医療、社会保障, 裁判、司法 | | コメント (2) | トラックバック (2) | Top

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コメント

TB送らせて頂いたのですが、うまく行かなかったようで申し訳ありません。

今回初めて有名なかの裁判官の判決文を読ませていただいたのですが、
なかなか示唆に富むもので感心しました。
本当にもう病院で死ぬと言う事が訴訟のタネになる時代だと実感しております。

医学的にはこれでもかのツッコミどころ満載なのですが、
それでも負ける医療訴訟に暗澹とするほかありません。
「医療をしないのが訴訟回避の最高手段である」という言葉が冗談ではなくなってきそうな勢いです。

法曹家に言わせると
訴訟では法廷に出された証拠のみで判断するのが鉄則だそうですから、
トンデモ鑑定と真っ当鑑定が対立しても、
これが比重の同じ二択問題になるのが疑問でもなんでもないそうです。
理屈は分かっても釈然としないものが残ります。

訴訟の場においては科学的真実などはどうでも良い事であり、
裁判官が気まぐれで信用を置いた方で判断が下されるのです。
立場により受け取り方は違うでしょうが、
一人の人間の命運を法廷ゲームで裁き、
それに疑問を唱える方がおかしいという法曹側の主張は、
追い詰められた医者にとって虚しく響くばかりに聞こえます。

投稿 Yosyan | 2006/12/04 13:25:33

Yosyan 先生

こんにちは

> それに疑問を唱える方がおかしいという法曹側の主張は、

これが最善ではないがベターなものとしての、現在の司法システムの限界なのでしょう。これを上回る機能のもの、例えば海難審判と同じものを、医療事故や、どこかの法医学の先生が言うように全ての医療関連死で行い、通常の裁判に替えるとしましたら、法律を大きく変えなければならないのでしょう。費用もマンパワーも莫大なものが必要でしょう。

医療者はそれを求めたいのですが、国民はそんなもの、金をかけてまで欲しいとは思わないでしょう。

医師を叩いて、働かせて、出来のいい医師にだけ受診したい。金はさらさら出す気がない。どうせ金を出すなら評判のいい医師を指名する時、ダメなら訴える、くらいの認識でしょう。

国民がその程度の認識であっても、現場の医師は、眼前の患者さんと医学の進歩のための努力は惜しまずにやってきたのです。

これからはその努力が提訴、刑事訴追となって我が身に返ってきますから、その努力はなされなくなっていくのです。

投稿 道標主人 | 2006/12/04 15:16:42

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