新宮心筋炎事件
キーワード
ウィルス性心筋炎、急性心筋炎、劇症型心筋炎、心電図、心エコー、鑑定、新宮市立市民病院
新宮市立市民病院での出来事とともに、いくつかの裁判の報道を見てみる。
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新宮心筋炎事件和歌山地裁判決 2002.3.29
和歌山地方裁判所 平成9(ワ)666 損害賠償請求事件
原告が主張するとおり遅くとも11月16日午前0時ころまでに心筋炎の発症があったと認めることはできない(なお,原告らが指摘するとおり,眼瞼浮腫や発汗等,脱水症とは必ずしも合致しない症状が存在したことからすると,亡Dは脱水症以外の疾病にも罹患していたことが強く疑われるというべきであるが《証人K,鑑定》,脱水症に合致しない症状が存在していたからといって,直ちに心筋炎の発症が認められるわけではないから心筋炎の発症に関する上記の認定判断が左右されることはない。)。
したがって,上記時点までに心筋炎を疑い,これに対処すべく処置をしなかったことをもって原告ら主張の過失等があったということはできない(仮に,原告らが主張するとおり,被告病院担当医師が,亡Dの症状について,11月16日午前10時の急変時より前に心疾患を疑い,心エコー検査・心電図検査等を行った場合には,より詳細な情報を得られた可能性は否定できないものの,上記のとおり,11月15日午前0時ころまでに心筋炎の発症を認めることができない以上,上記各検査を行っていたとしても心筋炎であるとの診断が可能であったと認めることはできないし,また,それらの検査を行わなかったことをもって過失ということもできない《鑑定》。)。
2結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告らの請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
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和歌山地裁では、本件の患者さんの心筋炎は、急激に発症したから、検査、診断の遅れに過失はなく、心筋炎を疑って検査をしていたとしても心筋炎の診断が得られたとは限らない、よって助けられなかったことに無理はない、ということのようだ。
心筋炎は、時に急激に心不全を伴って発症増悪し、死の転帰をとる。最初は風邪ひきからはじまり、しばらくは風邪ひきと同様の症状で経過する。数日の経過のうちに、急速に心不全の症状が現れてくることで気付かれる。時に数時間単位で増悪し死亡する事例もある。
和歌山地裁では、この件の患者さんは、心不全を疑うことができる時点からものの数時間もたたず心停止となる事例と認定したわけだ。
後から顧みれば、疑いを持つことができた以前の時点での、その時には判断がつかなかったあの時の症状が心不全だったのか、ということは考えられるし、そういう反省を行い、経験を積むことで医学が進歩して来たのだ。
通常との大きくない違いを、どの時点で、どれだけの感受性と特異性をもって検出するべきか。それがわかっていれば、本件の患者さんは、新宮市立市民病院を受診して間もなく、既に心筋炎である、あるいは、今後心筋炎を発症する可能性が高いと判断でき、救命可能な医療機関へ転送しようとしてできたといえるが、そのボーダーラインが、現在の医学では明瞭には分からないのだ。
風邪ひきの症状から発症する心筋炎の診断で 100% の感受性を目指し、その全ての患者さんに心筋炎の場合の国内最高の医療を受けさせたいのなら、風邪ひきの患者さんは全て国立循環器病センターに入院すべきだが、医療資源はそれを満たすには遠く及ばず、特異性は限りなくゼロに近いものとなる。
医療水準、この件では心筋炎を疑うボーダーラインを、後から顧みて、当時の時点であるべき水準を上だ下だと判断するのが裁判ということだ。
そして控訴審では、原告側は戦術を変更したようだ。その採られた戦術は、心筋炎がさほど急激にではなく発症して、早期のうちに心不全の症状が現れていたからそれで心筋炎を疑うことができ、それなら新宮市立市民病院で助けることができたはず、という論法だったようだ。このストーリーの鑑定が、この件で有名になってしまった医真会八尾病院の医師の手による鑑定である。
低いボーダーラインで引っ掛かるような症候だったという判断だ。これが高裁判決を決定づけたもののようだ。判決は原告の完勝だった。
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毎日新聞 2005.4.28
大阪高裁/心筋炎見逃し女児死亡、1審判決破棄し医師のミス認定/認容
和歌山県の新宮市立市民病院(現・新宮市立医療センター)の初診時の診断ミスなどが原因で長女(当時5歳)が死亡したとして、両親が新宮市に損害賠償を求めた訴訟で、大阪高裁(若林諒裁判長)は4月28日、請求を棄却した和歌山地裁判決を変更し、同市に約5400万円の支払いを命じた。
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新宮心筋炎事件大阪高裁判決 2005.4.28
大阪高等裁判所 平成14(ネ)1550 損害賠償請求控訴事件
遅くとも14日夕方の時点で既に心筋炎を発症していたものでありそれ以前の症状が前駆症状と考えられること,更に,乙5の13の心電図や甲30のエコー写真,それに本件各証拠からも,沙彩の心筋炎が前記のストークスアダムス発作によるものと認められる証拠もないことに照らすと,その心筋炎は,少なくとも前記のストークスアダムスの発作による予後の極めて悪い心筋炎ではなかったものと推認される。そうとすると,初診時に少なくとも心電図検査を実施していれば,何らかの異常が判明し,更に心エコー検査をすること等によって心筋炎との診断に達し,輸液を行うにしてもその量やスケジュールを調整した上で,前記のような心筋炎に対する治療や心臓の状態の監視をすることになったもので,そのようにしていれば,入院の後に実施された輸液によって症状を悪化させることもなく,○○の救命ができた高度の蓋然性があったものと認められ,したがって,上記注意義務違反により,心筋炎の症状が悪化し,それによって死亡するに至ったものであるといわざるをえない。
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地裁と高裁の判決を較べてみて、真実はやはり分からない。
ウィルス性心筋炎は、助かって当たり前の病気ではなさそうに思っていたのだが。本件では、短くて地裁判決での数時間、長い方を採る高裁判決を見ても 1 日半で発症増悪死亡しているのだ。輸液を絞るだけで助けられたわけではなさそうなのだが。
補助体外循環などを用い、生死の境目をさまよう医療の後にやっと助かるといったイメージだ。本当に助けられたのだろうか。この件の患者さんやご家族の方々は気の毒に思うし、哀悼の意を表するが、真実はやはり分からない。
本件高裁判決の報道を見た救急、小児科、循環器科などの専門医らの意見は、インターネット上で拾えるものだけだが、これは診断も救命も困難ではないか、自分なら無理だ、というものがほとんどで、自分なら助けられるという意見にはあまり出会わなかった。
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他の事例を少し見てみる。
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さいたま地裁判決 2002.3.29
ウィルス性心筋炎で死亡した患者が診療時に胸痛を訴えた事実を認定できないとして、心筋炎を疑って血液検査や心電図検査がなされなかったとしてもやむを得ないとされた事例。原告 ( 患者側 ) 敗訴。
さいたま地方裁判所 平成10(ワ)1249 平成11(ワ)842 各損害賠償請求
アDは,前提となる事実3(3)のとおり4月26日午後2時ころ,被告法人を受診しているところ,証拠(甲8,丙1,丙3及び証人G)によれば,このときのDの主訴は,発熱であって,胸部の診察の結果,心音・呼吸音にも異常はなかったことが認められる。
原告らは,この時点でも,Dが胸痛を訴えていたというが,前掲証拠(甲8及び証人G)によれば,Dは,「みぞおちの辺りがちりちりする。」と訴えていたにとどまり,G医師は,Dの訴え及びその他の症状等から,胸やけを訴えたものと判断したことが認められるが,その訴えをもって胸痛と判断しなかったことに特に問題があったと認めるに足りる証拠はなく,原告らの主張は採用し得ない。
そうとすれば,Dには,心症状等がなかったのであるから,高熱が4日続いているということのみをもって,臨床上,心筋炎を疑うべき場合であったということはできず,G医師が急性上気道炎及び胃炎と診断したことは相当であるから,原告ら主張の検査を実施すべき義務はなかったといわざるを得ない。
イまた,Dは,前提となる事実3(4)のとおり4月26日午後8時10分ころ,再び被告法人を受診しているが,その際の主訴は,高熱と心窩部痛であったところ,H医師は,Dの呼吸状態を過換気と判断しているのである。
この段階における症状は,結果的にみると,心不全による呼吸困難であった可能性が疑われないわけではないが(甲25),H医師のその段階における診察では,Dの胸部所見に異常はなかったことが認められるのであって,Dの呈していた感冒症状を併せ考えると,K意見にいうとおり,臨床上では,心疾患を疑うことはできなかったといわなければならず,この時点においても,鳩ヶ谷病院の担当医師が心筋炎を疑ってDに対して原告ら主張の検査を実施する義務はなかったということができる。
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あまり特異的ではない症状をして心筋炎まで疑うべきとはいえないということだ。結果的に見て心筋炎だったかもしれないと思っても、診療当時には疑うことができなかったということのようだ。新宮事件大阪高裁判決と異なる印象を受ける。
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原告勝訴の例を見てみる。
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日赤に900万賠償命令 医師の診察ミス認定
長野赤十字病院(長野市)に入院していた妻=当時(47)=が急性心筋炎で死亡したのは診断の遅れが原因として、夫ら遺族三人が日赤(東京)などに計約七千四百万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は十一日、計九百万円の支払いを命じた。
判決理由で貝阿弥誠裁判長は「医師は心電図の検査結果を知った時点で急性心筋炎などを疑い、専門医に相談するべきだった」と指摘。「適切な注意義務を尽くしていれば、死亡時に女性が生存していた相当程度の可能性があった」と医師の過失を認定した。
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心電図を取って、直ちに循環器科専門医が、例えば補助体外循環を回して、救命処置に手を尽くしていたら、死なずに済んだか、もう少しだけでも生存が延長されたか、ということなのだろうか。
よく分からないのは、「適切な注意義務を尽くしていれば、死亡時に女性が生存していた相当程度の可能性があった」、という部分だが、結果的に救命できなくても、あらゆる手を尽くしておくべきということなのだろうか。
賠償額が低いのを見ても、救命できなかったことはやむをえないと判断しているように思えるが。
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少し変わった事例を見てみる。
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時事通信 2005.11.22
関学大生死亡で両親逆転敗訴=「1審判決は弁論主義に違反」−大阪高裁
劇症型心筋炎で2000年12月に死亡した兵庫県西宮市の関西学院大生野村慶和 さん=当時(21)=の両親が「病院の判断ミスで設備の整った別の医療機関に転送しなかったのが原因」として清和会笹生病院(同市)と主治医を相手に計8500万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が22日、大阪高裁であった。松山恒昭裁判長は、病院側の過失を認めて550万円の賠償を命じた1審神戸地裁尼崎支部判決を変更、請求を棄却した。
1審判決は「主治医は急性心筋炎が急に悪化する可能性を考慮して慎重な管理、治療をすべき義務を怠った」として病院側の過失を認定した。
しかし、松山裁判長は「原告側はそうした過失の主張をしていない」と指摘。1審の判断は、当事者が主張しない事実を裁判官は考慮できないという民事訴訟の原則である弁論主義に反し違法と認定した。
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患者救済に傾いた司法判断の例ではないだろうか。
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以下、参考資料
新宮心筋炎事件資料 / 地裁判決 http://sword.txt-nifty.com/library/2006/11/__5990.html
新宮心筋炎事件資料 / 高裁判決 http://sword.txt-nifty.com/library/2006/11/__fbc6.html
新宮心筋炎事件資料 / 参考判例 http://sword.txt-nifty.com/library/2006/11/__a3c0.html
新宮心筋炎事件資料 / 参考判例 2 http://sword.txt-nifty.com/library/2006/11/_2_bea2.html
道標主人 | 2006-11-29 00:20 | 医療、社会保障, 裁判、司法 | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0) | Top
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コメント
道標主人さん、いつも有難うございます。
心筋炎がらみの訴訟が結構あるのですね。
新宮心筋炎訴訟は、高裁での医真会八尾病院のM医師の鑑定書の酷さでも有名ですが、小児の救急医療へも相当ダメージを与えたという意味で非常に記憶に残る訴訟でした(少なくとも私の周りでは)。地方の中小規模病院に当直のアルバイトに出かけて行く、内科のネーベン医が、この件を境に、一斉に小児科の時間外診療を拒否したのです。当時、ネットに疎かった私は、後輩達の動きを理解できずにいたのですが、事件の詳細を知るにつれ、大いに頷いたものでした。それまではクレームを出していた派遣先の病院も、「小児救急なんて物騒なものに手を出さなくて良いです」とコロリと態度が変わったのも良く覚えています。医療崩壊を憂える者としては、この判決をリセットできないかと、歯軋りしている次第です。
投稿 岡山の内科医 | 2006/11/30 13:10:11
岡山の内科医先生
こんばんは
コメント有り難うございます。
医療の現場に与えた衝撃では、民事での最高峰の一つと、後世語り継がれる判決になるかも知れません。
私は、小児科とも循環器科とも違い、救急の現場からも離れましたが、この高裁判決の威力はよく理解できます。
法律も判例も、その国の社会、文化、民度などの背景、いうなれば国と国民が持つ曖昧な空気、あるいは歴史の流れ、それが必要とするものとして産まれるのです。社会の変化を後から追っているとも言えます。
日本は、医療という分野に限って申しましても、価値観の大きな転換の途上にあるのだと思います。行き着く先は、イギリスっぽくなった後、アメリカ化すると思っています。
その流れを止め、向きを変えることができるのは、民意だけです。それがより良い方向へ向くように。アメリカ化は、日本にとってベストの選択ではなさそうに思います。アメリカの経済植民地化にしかならないのです。
大衆は、正しい情報を与えれば間違わないものだと言います。よって、大衆に正しい情報を。これが私たちが微力ではありますが、実行できることだと思っています。
投稿 道標主人 | 2006/11/30 21:30:49